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院長日誌

2014.11.14 学会・セミナー インド舌側矯正歯科学会 

9月13日から16日、インドのムンバイにて、インド舌側矯正歯科学会 が開催され、特別講演を頼まれましたので、行って来ました。


インドでも舌側矯正専門の学会は満員でした。

じつは、インドの先生達からは、数年前から来てくれと お声を頂いていたのですが、なかなかスケジュールが合わず、毎年断っていました。
昨年の夏頃でしたでしょうか、今回の学会の日程と招待についてメールを頂いたのですが、やはり予定が入っているのでと辞退したところ、Hiroの来れる日に学会の日程を変更するから、都合のつく日を教えてくれ、とのこと。
そこまで言われると、断るわけにはいきません。
ナントカ舌側矯正学会の会長なら兎も角、僕ごとき ヒラの田舎の矯正医の事情で 学会の日程を変更しちゃだめだ、なんとかスケジュール調整して行きます、と返事をしたのですが、、、まずビザの申請が大変でした。
約1ヶ月前のお盆前に 東京のインド大使館に申請書類とパスポートを送ったのですが、待てども帰ってこない。
電話すると、「あ〜〜ヒロさんのは、書類不備で止まったままですね〜」とのこと。
なんてこった、電話していなければ、いつまで経っても返送もされて来なかったってこと?
学会に間に合わないから、すぐ送り返して下さいと頼み、書類を一から作り直して送りましたが、あと1週間しかない。
2日前になってもパスポートが戻って来ず、何度かインドビザ申請センターに電話しつつ、もしかしたら行けないかも知れない旨を ILOCにもメールをしていたのですが、電車の出発当日の朝、パスポート、ビザが戻って来ました。
診療を午前中で終え、パスポートとスーツケース片手に昼飯も食べずに特急あずさに飛び乗りました、、やれやれ、、。

羽田発 全日空機でムンバイのチャトラパティ・シヴァージー国際空港に到着、空港内は他の空港と同じなんですが、、。
お迎えの先生を見つけ、車に乗り、ホテルに向かいます、、、街に出て唖然としました。
空港周辺はいわゆる「スラム」(この言葉は好きではありません)で、走っているバスもボロボロ、靴を履いていない人や、服を着ていない人が道路を歩いています。
トゥクトゥクと原チャリがバスや車の僅かな隙間を縫って、クラクションをブーブー鳴らしながら走り抜けます。




学会が用意してくれたホテル、Hotel Lalit Mumbaiに着いて、また驚きます。
まず、ホテルの敷地内に入るのに、成田空港のような車両チェックがあり(成田のような形式だけのチェックではなく、一台一台真剣にチェックしていました)、そして車を降りて、ロビーに入る際にも、空港と同じレベルの検査。


ホテルから見る景色はこんなで、今にも崩れそうな建物にブルーシートがかけられています。
これらは全てお店であり、住居でもあります。

チェックインして、会長の Dr.Pravin Shetty、Co-chairmanの Dr.Jignesh Kothari、そしてSecretaryの Dr.Tushar Hegdeが 晩御飯に招待してくれます。
ホテル1階のレストランに行こうと言われたのですが、僕はインド料理が食べたいとリクエストしてみました。


案の定、とても美味しいディナーでした。

翌日13日とその翌日は、朝から Pre-congress courseです。
学会に招待されたときに、受けてみたい旨を伝えましたら、こちらも無償で参加させて頂けました。
プレでも何か講義してくれ、と言われたのですが、遠慮させて頂き、2日間、聞き手で参加させて頂きました。


プレコングレスコース終了時の記念撮影



滞在中は、朝からインド料理を頂きました。
美味しいからたくさん食べてしまう、、帰って来たら 5㎏太っていました、、。


翌15日は、学会初日です。
先日、イタリアのコモで開催されたヨーロッパ舌側矯正歯科学会会長の Dr.Vittorio Cacciafestaは 2D Lingualについて、インドの Dr.Jignesh KothariDr.Pravin Shettyの両先生は、CAD/CAMを使った Customized Lingual Bracketsについての講演です。
Customized Lingualの元祖といえば Incognitoですが、開発者の Dr.Dirk Wiechmannは、現在は Incognitoの権利を3Mに売却し、現在はオリジナルのシステムで治療を行っています。

今回の学会でも、他の舌側矯正学会と同じく、Incognitoの Userがプレゼンをしていましたが、今回は非常に気分が悪かったです(いつもは別にそう思いませんが)。
彼は自分がスーパードクターだと言わんばかりの講演で、私は、「クラシックカー」だと馬鹿にされました。
自分が這い上がる手段として、人をおとしめたり、人を馬鹿にしたりする。
負けて悔しいなら、人一倍努力すれば良いことで、ひとの邪魔をするべからず、それが私の考え方であり生き方です。
学会という公の場で こうゆう事を平気で言う「奴」は、人間的レベルも、矯正学的レベルも推して知るべしで、私に言わせれば、 Incognitoは 彼が考えたわけでもなく、ただのユーザー、それを宣伝して回るというのは、3Mのinstrumentにすぎない。
診断はコンピュータに委ね、装置は prescriptionから何から何までメーカーが作ったものを使用し、治療に用いるワイヤーもまたメーカーがベンディングマシンで屈曲したものを入れる。 Bending freeだとか、Low profileだとか、Classic carだとか言う前に、矯正歯科の基礎から勉強しなおせよ、と言いたいです。 なぜなら、彼の治療は矛盾だらけで、歯科矯正学という学問の基本原則をも守っていない。
学会で人の事を馬鹿にする前に、日本に来て、恐ろしいハイアングル、 恐ろしい叢生の症例を治してみろ、と言いたいです。
日本の矯正専門医の先生方は、僕の言っている意味は容易におわかり頂けると思います。



翌16日は学会2日目、10:30から30分間、僕の出番でした。



新しいリンガルブラケットの紹介と、全て自動化する事の危険性についてお話ししました。
そうです、昨日の彼に意見をいうために、朝からプレゼンを作り直したのです。
でも、彼は会場に居なかったようですが、、。


別にジョブスの真似をしているわけではないんですが、質疑応答で答えている時は、こうなりました、、。



講演を終えて感謝状を頂き、すぐにチャトラパティ・シヴァージー空港に向かい、帰路に就きました。
翌日からは、いつもどおりビッシリと予約の入っている患者さんの治療に戻りました。

今回の学会も観光など一切無しの仕事オンリー、世間には「学会」という名目のもとに観光旅行をしている先生もいますが、自分ものんびり観光したいなあ、、、。



Presidentの Dr.Pravin Shetty
お招き頂いたことを心から感謝します。




2014.06.21 講演活動 11th ESLO開催、新型のMienaiブラケットを紹介

昨年9月頃だったでしょうか、2014年のヨーロッパ舌側矯正歯科学会大会の大会長である Dr. Vittorio Cacciafestaから、6月に Italyの Comoで第11回 ESLO meetingを開催するから、Keynote speakerとして来てくれないかとのメールを頂きました。

招待されても、旅費や宿泊代が支給されるわけではないので、単なる名誉職なのですが、自分の下手な英語でも「Hiroの話を聞きたい」と言って頂けるのは、本当に有り難い事ですので、いつもどおり 2つ返事でお受けし、行って来ました。


会場の Villa Erba, Cernobbio


いつもは学会の3ヶ月ほど前から早起きモードになり、朝4時5時に起きて準備を始めるのですが、今年は年始から頭の痛い問題が立て続けにあり、4時5時にベッドで目が開いても、起き上がることを精神的に拒否する毎日で、学会があと1週間と迫っても、まったくエンジンがかかりません。
そんなこんなしているうちに、とうとう出発の日が来てしまいました。
いつもどおり中央タクシーが自宅に迎えに来てくれて、一路羽田に。
当然、車中では必死で仕事です。

羽田ではお目当ての すき焼き を頂きます。
この「たか福」というお店は、味もさることながら、客への対応がしっかりしていて、とても良いお店ですので、機会がありましたら、是非行ってみてください。

Air Franceでの機中も寝ないで準備、あっという間に CDGに到着、乗り継いで Milanoには朝の10時に到着、Milanoから Comoまでは50Km程ありますので、バスと電車を乗り継いで、お昼頃、ホテルに到着。


駅で切符を買って、電車でホテルに向かいます。


滞在先の Hotel Albergo Centrale。 個人経営の小さなホテルですが、3-star hotelで、レストランは、10年以上、Michelin guideにリストされている美味しいお店です。

その日はフリーなのですが、プレゼンの準備がまだ終わっていないので、出掛けずに部屋にこもって準備します。

翌日は、朝から Pre-congress courseに参加。
Dr. Germain BECKER (Luxemburg), Dr. Esfandiar MODJAHEDPOUR (Germany), Dr. Roberto STRADI (Italy)、Dr. Robbie  LAWSON (UK)ら4名のドクターが Lecturerを努める Incognito のコースです。

別に Incognitoに興味があるわけでも無いし、使うつもりもありませんが、いつも Pre-congress courseでは、Lectureをする側で、他の先生のコースを受講したことがないので、一度受けてみたいなと思っていたところ、今年は Pre-congressでは話さずに済んだので、受講してみたわけです。
開発者の Dr. Dirk Wiechmannは、“Toshiには Incognitoは不要だ” とコメントしていましたが、僕は実際に何症例かやってみて、Incognitoは、 舌側矯正初心者の先生には向いているかも知れないけど、今の自分のレベルの治療結果は、Incognitoでは出せない、というのが結論です。
日本国内外の舌側矯正の expertsも、Incognitoは使っていません。
3Mさん、すみません。

2人の lectureが終わり、Coffee breakで一息ついていると、次期会長の Dr.Takis Kanarelisが呼びに来て、Active memberと Titular memberへの提出症例の Examinerをやってくれとのこと。
それだけは勘弁してくれ、おれは WSLOの時に体裁の整っていない症例を不合格にしたら、「オレの友達を何で落とすんだ」と、全くおかしな文句を言われたし、World Board of Lingual Orthodontics の設立の際には、公平性と透明性をキチンとしなければダメだと主張したら、何人もの先生から鼻つまみ者にされ、JLOAでは今だに四面楚歌なんだ、だから、おれは Examinerは絶対にイヤだ、と断ったのですが、Germainも困っている、どうしてもやってくれ、Examinerを出来る人がお前しかいないんだ、と食い下がるので、しょうがなく引き受けました。

まずは Titularの Candidate 8人を4人で手分けして、自分の持ち分の 2人を採点します。
完全に匿名なので、何処の誰が治療したのかわかりませんが、さすがに Titularに applyしてくる先生達は きちんと治しています。
上顎前歯のトルクコントロールが若干甘い症例がありましたが、それを減点しても十分合格点。

もう1人の先生は、何故に Quad helixが入っているのか理解に苦しみますが、それ自体は別に減点にも何もならないし、正直にありのままを提出されて、結果も Excellentなので、OK、合格点です。

そのあと、Active memberの症例評価へと移動します。
Active memberの症例は、Titularに比べると、治療のレベル低下が歴然です。
治療結果以前に、資料が規定通りにまとめられていない。
特にCandidateのなかの1人は、治療前後のレントゲンの重ね合わせが、明らかにおかしい。
これは絶対にリンガルで治療されたものじゃなくて、ラビアルで治したのを出してきている、と判断。
治療経過の写真を見ても、1枚しかないので、やはりインチキ臭く、不合格にする。
ただし、Presidentは Germainなので、最終判断は任せますわ、と全てを彼に委ねましたが、Germainも不合格にしたとのこと。


手前が Dr.Germain Becker、 そして僕の向こうが次期大会長の Dr.Takis Kanarelisです。


翌日、日本人の有名な先生が、「彼はオレが引っぱってきたんや」と言ってきましたが、そんなの知るか!
誰が連れて来ようが、candidateが誰であろうが、試験は試験、資料も揃っていないものはダメに決まっているでしょう。
そんなことを文句言うなら、その先生が最後まで責任持って指導すればいい、そう思いませんか?

学会の認定医試験に人が治療した症例を借りて出すとか、舌側矯正の学会に外側の症例を知らん顔して出すというインチキ野郎が実際に存在するわけですから、最低限その辺の所をキチンと整備をしないと、制度自体が意味の無いものになってしまいます。
だからWBLOの設立の時には、キチンとしておかないといけない、と、あれほど言ったんです!

他の日本人の先生からも、「へえ〜〜、ヒロ先生が Examinerなんだ〜」と、妬み嫌みを言われ、気分最悪。
はっきり言って、もう関わりたくないです。
しかも、この症例評価を行っていたために、聞きたかったDr.Roberta Stradiの話が聞けず!


 

会場前の木陰で記念撮影。
PCカバンの持ち手がちぎれて、危うくパソコンを落っことすところでした。


その日は、18時から welcome partyがありましたので、小一時間ほど出て、あとはホテルに帰ってプレゼンの準備をし、翌日、翌々日も朝イチから終了まで学会場で過ごし、学会終了後は出掛けもせずにホテルでプレゼン準備です。

土曜の夜は Gala Dinner、学会場の敷地内にある Old Villaという歴史ある建物の中で Formal Dinnerです。
Pre-dinner cocktail partyでは、Patioで Champagneを頂きます。
この時間がいろんな先生とお話が出来て一番楽しいひとときで、今回もいろんな先生とお話が出来ました。



Indian Genius, Dr. Jignesh Kothari got an award for Titular member.


少しほろ酔いになったところで、Dinnerが始まり、みんな中に移動します。
何処に座ろうかなとテーブルを伺っていると、なんと、僕は指定席とのことで、席に行くと、僕の名前が書いてある。
ビックリ&嬉しい!



美味しいワインとイタリアンをお腹いっぱい頂き、23時閉宴の予定ですが、まだ明日の発表の Power Pointが完成していないので、途中で抜けてホテルに戻り、寝ないで準備。
なんとか講演の3時間ほど前に出来上がりましたが、練習なし、原稿もないまま本番に臨みます。
演題は、 “Introduction of the Mienai Lingual Bracket System”、日本語では、「『見えない』矯正装置の紹介」です。


練習無しのぶっつけ本番、タダでも下手な英語に さらに拍車がかかりました、、、。
でもね、英語がNativeのように流暢でも、誰にも相手にされない先生もいることを思えば、こんな下手な英語でも熱心に聞いて頂けるというのは、本当に有り難いことですね、、。


現在使っている超小型のヒロブラケットは、使用し始めてから15年が経過します。
今までいくつもの試験に合格たのも、この Hirobracketsで治療していますので、特に大きな問題があるわけではないのですが、製造元の TOMY Internationalが私以外の先生には販売しないということ、それから、もう少しココがこうなっていればもっと良いのになァ、という点が無くはないので、そういった点をクリアできるブラケットを作ったわけです。



開発に取りかかってから完成まで、じつに永い道のりで、完成まで8ヶ月と言われていたのが、実際には3年半以上を費やしてしまいました。
デジタル+セルフライゲーションが次々と市場に出てきており、いまさら感がありますが、実際に使ってみると非常にコントロールのしやすいリンガルブラケットです。
特に前歯部のロテーションコントロールが確実に出来る工夫がしてあります。



上図のように、外側矯正の治療では、ブラケットがアーチワイヤーの内側に位置するために、ワイヤーとブラケットが2点接触となり、捻転のコントロールをしやすいのですが、舌側矯正の治療では、アーチワイヤーの弧が小さい上に、ブラケットはアーチワイヤーの外側に位置するので、ブラケットとワイヤーが1点接触となり、このことが前歯の捻転のコントロールを困難にしています。

そこで、Mienai Lingual Bracket Systemでは、スロットの底部を凹ませ、ワイヤーとブラケットが2点接触となるように作りました。






Kurzと比較すると、ブラケットの幅は小さいけれども、スロットは長い。
これも安定したコントロールが出来る要因の一つとなっています。

小臼歯も脱落が少なく、小臼歯・大臼歯はフリクションが少なくなるような工夫がしてありますので、舌側矯正を行っておられる先生は、使って頂けると幸いです。
日本での販売は、(有)バルビゾン、TEL : 047-460-7818 / FAX : 047-460-7819 です。



会場はいつもながら満席でした。


次期 ESLOは、2016年の6月30日から7月3日、ギリシャのアテネで行われます。



僕の左側、サングラスを胸にかけているのが、次期大会長の Dr.Takis Kanarelisです。




2014.06.02 プライベート 「恩師」

みなさんには、「恩師」は何人くらいいるでしょうか?
小・中学校の同窓会には、当時の先生達は「恩師」として出席されていますし、実際に恩師である事に違いはありません。
私にとって「恩師」というのは、勉学を教えてくれた先生だけで無く、もっと広義で捉えていますので、私の恩師は本当にたくさんいます。
私は歯科大学を卒業してからすぐに矯正科の医局に入局しましたので、矯正学講座の教授である出口敏雄先生は恩師の筆頭であり、今もたいへん御世話になっています。

一方では、個人的な交流は一切無しで、教授と一学生以上の付き合いは無かったけれども、間違いなく私自身の人生に大きな影響を与えた「恩師」がいます。
そのお方は、橋本京一先生、私が学生時代、補綴学第1講座の教授であらせられ、講義や基礎実習、臨床実習などで御世話になりました。


私が卒業した当時の補綴科診療室で指導をされる橋本先生(卒業アルバムから)


今から35年前、念願の歯科大学に入学し、専門課程が始まると、授業が楽しくて仕方が無かった毎日。
私達の学生時代には、大学に「名物教授」が何人もいらっしゃって、この先生の授業を受けられる、この先生から教われるということが、どれほど有り難い事かと、胸を弾ませて一生懸命勉強をしたのが昨日の事のように思います。

橋本先生は、その名物教授の中の1人で、当時は、学生も補綴科の医局の先生達も、橋本先生のことを「コワイ」と言っていましたが、私自身は記憶の限りでは今まで橋本先生の事を「コワイ先生」と思ったことは無く、むしろ、「自分はこうありたい」、「歯科医師は かくあるべき」と、自分の理想の歯科医師像として、人間としての憧れを抱いていました。
「コワイ先生」と評されたのは、私が思うに、橋本先生は全てに対して、ものすごく厳格な先生であるからだと思います。

いい加減な事や、妥協を許さない。
橋本先生は、何故に全てのことに一切妥協をしないで、そこまで厳格に生きられるのか。
それは、「常に自分に対して一番厳格であるから」だと、私は思っています。
橋本先生が仰る事は、全てスジが通っており、肯定するにも否定するにも、必ずそれを裏打ちする理論と理由が存在しています。


私が卒業した当時の橋本先生(卒業アルバムから)



私が卒業した当時の補綴学講座(卒業アルバムから)


学生当時、私は大学を卒業したら dentureか矯正のスペシャリストになろうと決めていました。
いろいろな理由で出口教室に入局しましたので、橋本先生とは特に交流を持つ機会も無く、何年もの歳月が流れました。
ところが最近、Facebookで橋本先生とお近づきになることが出来、橋本杯ゴルフコンペを計画したり(荒天のため中止になりましたが)、メールでやり取りが出来る状況となりました。

先生は歯科大のゴルフ部の顧問をされていましたが、自分はゴルフ部でもなかったし、先生は覚えていらっしゃらないだろうなと思っていたのですが、先生から松本歯科大学の観桜会で塩尻に行くので会えますか、とメールを頂き、私は大喜びで ひろ矯正歯科の診療室にお越し頂きました。


私が卒業した当時のゴルフ部(卒業アルバムから)


お会いして驚いたのは、先生は私の学生時代の頃のまま 35年間、全く変わること無く、とてもお元気でいらっしゃり、御自分で車を運転していらっしゃいました。

今も現役で歯科医師として診療をしていらっしゃるだけでなく、講演活動も活発に行われていらっしゃいます。
東京に講演に行かれる際にも、名古屋から御自分で車を運転されて行かれるということは FBで読んで知ってはいましたが、凄すぎる、の一言です。

ひろ矯正歯科の中を一通り御覧頂いた後、先生はプロジェクターとパワーポイントを使って、私一人のために3時間程の講義をして下さいました。
その講義たるや、まさに学生時代に教わった「橋本教授」そのもので、35年前の事だけでなく、先生が戦争に行かれた頃の写真や、当時の医学的状況はじめ、いろんな事をまさに昨日の事のように、はっきりと覚えていらっしゃっいました。




レクチャー以外にも、とても大切なことをいくつか教えて下さいました。
例えば「廣先生、手を拭くのにペーパータオルを何枚使いますか? 2枚使っていますよね? 手を洗った後、手をこうやって10回振って水を切ってから拭くと、1枚で済みます。そして、拭いたペーパータオルは、ゴルフボールくらいの大きさに丸めて捨てると、ゴミの量が何分の1かになります。」といったような事です。
このような事を言うと、「五月蠅い」とか「ケチ」と思う人が多いのですが、私はこうゆう細やかさを常に忘れない、これぞまさに「橋本流」、感激しました。
ケチで言っているわけでは無く、「無駄な事はしない」ということを徹底する。
それは裏返せば、必要な事をするためには、無駄な事をしている時間はない、ということなのです。
ひろ矯正歯科には、その日以来、ペーパータオルの置いてある場所には、「1枚で十分」、「使用後はゴルフボール大に丸めて捨てること」と、張り紙をしました。

先生は、診療の傍ら、ある医療法人の人事も担当されていらっしゃるそうで、お話の中で、「この間も面接をしたんですが、『あなたのような人は、今すぐこの医院から出て行きなさい』、そう言ってやりました。」と仰っていましたが、最近は、ちょっと注意すると、相手が誰であろうが、自分が間違っていようが、一切お構いなしに食ってかかるという、まったく子供のような歯科医が多いことは、私も同感です。
私も気が短い方ですが、自分の持てる知識を何一つ隠すこと無く全て教え、将来のことまで見据えて親身に考えてくれている人に対して、喧嘩を売る、罵倒する、そんな愚か者と過ごす時間は、私は 1分たりとも持ち合わせていません。

橋本先生はレクチャーの内容もさることながら、見やすいスライドの作り方や注意点など、いろんな事を教えてくださり、1人で聞くのは本当に勿体なすぎましたので、機会があれば、人を集めてご講演を頂きたいと思っております。

レクチャーの後、松本市内の仏蘭西料理店にご案内し、晩御飯を御一緒させて頂きました。
先生はお酒は一切お召し上がりにならない、「飲めない」のではなく、「飲まない」。
そのスタイルを若い頃から頑なに通していらっしゃるそうで、ここにも「橋本哲学」を感じました。

橋本先生、お忙しい中、お時間を頂きまして、本当に有り難うございました。
いつまでも現役で御活躍されますことをお願いいたします。



仏蘭西料理の「メゾン ド ヨシダ」にて。
先生と一緒に食事が出来たことを、本当に光栄に、有り難く思います。


プロフィール

院長

長野県松本市在住

  • 1960年生まれ

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